プロフィール

野口英世(のぐち ひでよ)は、1876年11月9日に福島県耶麻郡三ツ和村(現・猪苗代町)に生まれた細菌学者。幼少期に囲炉裏で左手に重傷を負い、9歳で手術を受けたことが医師を志す契機となった。1900年に渡米し、ロックフェラー研究所で梅毒スピロヘータ培養(1911年)などの業績を上げ国際的名声を得た。1928年、黄熱病研究中の西アフリカで感染死。千円紙幣(1984〜2004年)の肖像としても知られる。

野口英世(のぐち ひでよ、1876年11月9日 – 1928年5月21日)は、福島県耶麻郡三ツ和村(現在の猪苗代町)の貧しい農家に生まれた細菌学者です。生後1年半の頃に囲炉裏に落ちて左手に重症を負い、指が癒着したまま成長しました。9歳の時、地域の人々の善意と支援によって渡部鼎医師の手術を受け、手の機能が回復しました。この体験が「自分も人を救う医師になりたい」という強い志の原点となりました。

猛烈な勉強の末に1896年(明治29年)に医術開業試験に合格し、医師免許を取得。1900年に渡米してペンシルバニア大学を経てニューヨークのロックフェラー研究所に入所しました。1911年に梅毒の病原体であるスピロヘータ・パリダの純粋培養に成功するなど数々の業績を上げ、世界的な名声を得ました。ノーベル賞候補にも複数回挙げられています。

1918年以降、黄熱病の研究に力を注ぎ、南米・西アフリカでフィールド調査を精力的に行いました。1927年末に西アフリカのゴールドコースト(現在のガーナ)へ渡り、翌1928年5月21日に現地で黄熱病に感染して52歳で死去しました。「科学のために命を捧げた男」として語り継がれ、1984年から2004年まで日本の千円紙幣の肖像に採用されました。

野口英世の名言一覧