プロフィール
関数空間の位相を研究した数学者でありながら、平易な語り口のエッセイと評論で世代を超えて読まれた。京都大学教養部に三十四年間在職し、「一刀斎」と号した名物教授として知られる。
森毅は1928年1月10日、東京府荏原郡入新井町(現在の東京都大田区)に生まれ、大阪府豊中市で育った。少年期から青年期を戦時下に過ごし、正しいと教えられていたことが敗戦で一夜のうちに覆るのを十七歳で目の当たりにしている。のちに彼が「正しさ」を性急に決めつけず、白黒のつかない領域をそのまま抱えて生きることを繰り返し説いたのは、この体験と無縁ではない。東京大学理学部数学科を卒業し、専攻は関数空間の解析の位相的研究だった。
北海道大学理学部の助手を務めたのち、1957年に京都大学教養部の助教授として赴任し、1971年に教授となった。1991年の定年退官まで三十四年にわたって教養課程の数学を担当し、飄々とした語り口と型破りな講義で「一刀斎」の号とともに学生に親しまれる名物教授になった。研究のかたわら民間の数学教育運動にも加わり、公式を覚えさせる数学ではなく、考え方そのものを面白がる数学を広めようとした。エリートは育てるものではなく勝手に育つものだ、という考え方に、その教育観が凝縮されている(本人の語り口は関西弁の口語で伝えられており、系統ごとに言い回しが異なるため、ここでは趣旨として記す)。
一方で森は、数学の外へ向けて書き続けた文章の書き手でもあった。1981年には中学生ほどの若い読者に向けて『まちがったっていいじゃないか』(創隆社ジュニアブックス。1988年3月にちくま文庫)を書き、間違いを恐れて縮こまるより、間違えては直しながら進むほうがいいという構えを平易な言葉で説いた。『数学的思考』『異説 数学者列伝』をはじめ著書は多数にのぼり、退官後はテレビや雑誌でも教育から時事問題まで幅広く発言した。専門家の権威を振りかざさず、読者を励ましもせず脅しもしない独特の距離感が、その文章の持ち味だった。
2010年7月24日、82歳で死去した。数学者としての業績よりも、ドジでもかまわない、ゆっくりわかるのも一種の才能だ、と言い続けた人として記憶されている。効率と正解を急ぐ時代のなかで、間違える余地を人に残そうとした書き手だった。