この名言の意味

この一文は「従う」という同じ動詞を三度くり返しながら、従う相手だけを入れ替えている。流行に従う、道徳に従う、自分に従う。三つは並列に見えて、実は序列ではなく棲み分けである。何に従うかは、ことがらの種類によってあらかじめ決めておく——そう宣言している。

注目したいのは、「自分に従う」が最後に一度だけしか出てこないことだ。三分の一である。ふつう「自分らしく生きよ」という趣旨の言葉は、あらゆる場面で自分を通せと迫ってくるが、小津は逆に、自分を通す範囲をきわめて狭く限定した。しかもその手前に「なんでもないことは流行に従う」を置いている。周りに合わせることを、妥協ではなく方針として先に決めてしまっているのである。

なぜそうするのか。人が一日に下せる判断の量は決まっているからだ。服も店も道具も言い回しも、すべてを自分で吟味していたら、本当に自分でなければならない一点にたどり着くころには何も残っていない。合わせる領域を広くとっておくことは、譲らない領域を守るための燃料の節約である。実際に小津は、1958年に色(カラー)という当時最大の流行はあっさり受け入れ、画面の形と低い位置に据えたカメラだけは動かさなかった。全部を拒んだのではなく、拒む場所を一つに絞ったのだ。

真ん中の「重大なことは道徳に従う」も見落とせない。重大なことこそ自分で決める、と言いそうなところで、小津は自分ではなく道徳を置いた。つまりこれは自己中心の宣言ではない。人生の重い決断ほど、その場の気分や損得ではなく、外にある筋道に照らす。自分に従ってよいのは、代わりのきかない自分の仕事の中身だけだ、という抑制がここにある。

そして原文では、この一文のあとに、だからどうにもならないものはどうにもならない、という意味の一言が続く。自分に従うと決めた領域では、他人と折り合えないことが必ず起きる。小津はそれを嘆いていない。折り合えなさは、譲らない場所を持った人が払う当然の代金として、あらかじめ勘定に入っている。読者にとっての「芸術」は映画でなくてよい。仕事の芯でも、育て方でも、作りたいものでもいい。それを一つ決めた人だけが、残りの大半を軽やかに世間へ預けられる。

現代への示唆

一日に使える判断力は有限で、すべてに全力で悩めば、いちばん大事なところで力が残らない。小津がしていたのは、悩む前に「どこは合わせるか」を決めておくことだった。だから今日、まず「なんでもないこと」を三つ決めてしまってほしい。昼に何を食べるか、どのツールを使うか、資料の書式をどうするか——決め方は「みんながやっている方に即決」でいい。そうして浮いた時間と気力を、たった一つ、「これは自分で決める」と思えることに回す。企画の芯を一行だけ自分の言葉で書き直す。会議で一点だけ譲らずに言う。合わせる場所を先に決めておくことが、譲らない場所をつくる唯一の方法である。

背景と出典

この言葉は、1958年、小津安二郎が初めてのカラー作品『彼岸花』(1958年9月7日公開)を撮っていた撮影所に映画評論家の岩崎昶と飯田心美が訪ね、その場で交わされた鼎談「酒は古いほど味がよい」のなかで語られた。『キネマ旬報』1958年8月下旬号(通巻212号)の44〜49ページに掲載され、当該のくだりは49ページにある。二人が「なぜワイドスクリーン(大型画面)を使わないのか」と問うたのに対し、小津は「性に合わないんだ」と答え、続けて自分の生活条件だと前置きしたうえで「なんでもないことは流行に従う、重大なことは道徳に従う。芸術のことは自分に従う」と語った。そのあとには、だからどうにもならないものはどうにもならない、という意味の一言が続いている。当時の日本映画界はカラーとワイドスクリーンの導入に沸き、松竹も画面の大型化を進めていた。すでに『東京物語』(1953年)で頂点に達していた五十四歳の小津は、色は受け入れながら画面の形は変えないという選択をしており、その理由を問われた場面の答えがこれである。出典は国立国会図書館の「レファレンス協同データベース」が誌名・号・記事名・頁まで特定しており、朝日新聞「折々のことば」(鷲田清一、2018年5月23日)や神奈川近代文学館の「小津安二郎」展(2023年)もこの形で紹介している。なお名言集などで広く流通する「どうでもよいことは流行に従い……」は、後年に整えられた形であって原文ではない。