プロフィール

松下幸之助(まつした こうのすけ、1894-1989)は、パナソニック(旧・松下電器産業)を一代で築いた実業家。「経営の神様」と呼ばれ、PHP研究所や松下政経塾を設立し、経営哲学・人生哲学の著述でも広く知られる。

松下幸之助(まつした こうのすけ)は、1894年11月27日に和歌山県和歌山市の農家に、8人きょうだい(三男五女)の末子として生まれた。家業の没落により9歳で大阪に丁稚奉公に出され、火鉢店・自転車店での奉公を経て、満15歳で大阪電灯株式会社の内線見習工となった。

1917年、22歳で大阪電灯を退職して独立し、翌1918年3月、大阪市北区に「松下電気器具製作所」(現・パナソニック株式会社)を創業した。自ら改良した電灯用ソケットや砲弾型自転車ランプが評判を呼んで事業は急拡大し、1932年5月5日には社員を前に「水道の水のように、良質な製品を無尽蔵かつ安価に供給し、貧困を克服する」という事業使命を説く演説(いわゆる「水道哲学」)を行い、この日を「命知元年」と定めた。第二次大戦後は財閥指定や公職追放などの苦境を乗り越え、事業を再建した。

1946年にはPHP研究所を設立し、「PHP(Peace and Happiness through Prosperity)」の理念のもと、月刊誌や著作を通じて自らの経営哲学・人生哲学を発信し続けた。1968年刊行の随筆集『道をひらく』は570万部を超えるロングセラーとなった。1979年には私財約70億円を投じて松下政経塾を設立し、次世代の指導者育成に力を注いだ。「経営の神様」と呼ばれ、1989年4月27日、94歳で死去した。

松下幸之助の名言一覧