プロフィール

九十歳を過ぎてから詩を書きはじめ、九十八歳で刊行した第一詩集『くじけないで』が百五十万部を超えて読まれた詩人。平易な話し言葉で日々の暮らしと人への思いを綴り、海外でも翻訳された。

1911年6月26日、栃木県栃木市に生まれた。生家は裕福な米穀商で、トヨはその一人娘だったが、十代のころに家業が傾き、料理屋などへ奉公に出て働いた。娘時代の暮らしは決して恵まれたものではなく、以後の人生でも、彼女は書斎や講壇ではなく台所と縁側の側に立ち続けた人である。三十三歳で調理師の男性と結婚し、翌年に長男・健一を授かった。1992年に夫と死別してからは、宇都宮市の家で一人暮らしを続けた。

詩を書きはじめたのは、九十歳を過ぎてからである。腰を痛めて、長年の楽しみだった日本舞踊を続けられなくなり、気落ちしていた母を見かねた長男の健一が「詩を書いてみたら」と勧めた。書きためた作品を健一が清書して産経新聞の投稿欄「朝の詩」へ送り、はじめは何度も採用されなかったが、九十二歳のときに詩「目を閉じて」が初めて掲載された。選者は詩人の新川和江である。以後、掲載は重なり、投書欄の読者から手紙が届くようになった。難しい言葉は一つも使わず、朝の光や息子への呼びかけ、亡き夫との記憶といった、生活のすぐそばにあるものだけで書かれた詩だった。

2009年10月に自費出版した詩集が評判を呼び、2010年3月、九十八歳のときに飛鳥新社から第一詩集『くじけないで』が刊行された。詩集としては異例の百五十万部を超えるベストセラーとなり、韓国・台湾・オランダ・ドイツなど海外でも翻訳・出版された。2011年9月には満百歳を記念して第二詩集『百歳』が出た。2013年1月20日、101歳で死去。同年には彼女の半生を描いた映画『くじけないで』も公開された。九十歳を過ぎてからの十年ほどで、彼女は「遅すぎる出発などない」という一事を、作品そのもので証明してみせた人だった。

柴田トヨの名言一覧