この名言の意味
この言葉は、「ネガティブであること」を二つに切り分けている。一つは、危険や欠点を正確に把握する力。もう一つは、その把握に飲み込まれ、動けなくなってしまう状態だ。宮本が「大事だ」と言うのは前者であり、「ただの悲観的な人間」と切り捨てるのは後者である。
多くの人は、この二つを同じ「暗さ」として一緒くたにしてしまう。だからリスクを口にする人を「ネガティブだ」と敬遠したり、逆に自分が問題に気づいたことで気分まで沈めてしまったりする。宮本の分け方を借りれば、問題を数えることと、気分を落とすことは、別々に扱ってよい。リスクは冷静に見つめ、心はいつでも次の一歩に開いておく——その両立こそが、面白いものを作り続ける人の構えなのだ。
現代への示唆
心配性の人ほど、この言葉に救われる。リスクにいち早く気づけるのは弱点ではなく、むしろ才能だ。問題を見つけるところまでは大いに結構。ただ、そこで立ち止まって「だからダメだ」と言い続ければ、ただの悲観論者で終わってしまう。今日、何かの計画で不安な点を三つ書き出したら、その一つひとつに「では、どう手を打つか」を一行だけ添えてみよう。不安を、次の一手に変える練習になる。
背景と出典
前掲の「社長が訊く スーパーマリオ25周年」(2010年、糸井重里によるインタビュー)で、「けっこうネガティブやな」と評された自らの思考法を説明した場面での発言。ゲーム開発では「これはできない」「ここが危ない」と問題点を洗い出す作業が欠かせないが、宮本はそれを悲観と混同してはならないと語る。ネガティブなことを知っておくことと、ネガティブに居続けることは別だ——これが彼の一貫した姿勢である。旧知の糸井を相手にしたやり取りだからこそ引き出された、宮本の素の仕事観がにじむ一節でもある。