この名言の意味
この言葉は、二つの単純な足し算・引き算の比較でできている。「天才マイナス努力」とは、優れた才能を持ちながら努力を怠る人。「凡才プラス努力」とは、平凡な才能しかなくても努力を積み重ねる人。本多は、この二人が長い目で競えば、必ず後者が勝つと言い切る。才能は出発点の差にすぎず、そこに何を足し引きするかで到達点は逆転する、という宣言である。
大切なのは、これが才能を否定する言葉ではないことだ。本多は「天才」の価値を認めたうえで、才能に努力という掛け算ならぬ足し算がなければ目減りしてしまうと見ている。逆に、平凡さは努力を足すことで補って余りある。つまりこの句が照らしているのは、才能の多寡という自分では変えられないものではなく、努力するかどうかという、今日の自分が選べる一点である。
本多自身が、この言葉のいちばんの証拠だった。落第を経験した苦学生が、日本初の林学博士になり、質素な天引き貯金を積んで大財産を築き、それをほとんど寄付した。特別な天分の物語ではなく、凡人が努力を足し続けた物語である。だからこの一句は、非凡でない大多数の人にこそ、静かで確かな追い風を送る。
現代への示唆
私たちはしばしば「あの人には才能があるから」と、勝負の前から自分を降ろしてしまう。だが本多が言うのは、勝敗を分けるのは持って生まれた才能そのものではなく、そこに努力を足すか引くかだ、ということだ。今日できる一歩として、大きな目標を「毎日必ず続けられる最小の一つ」に割り、それを才能の有無に関係なく淡々と積む——本多の「一日一頁」のように。才能で見劣りしても、続ける努力を足し算した側が最後に前へ出る。凡人であることは、あきらめる理由にはならない。
背景と出典
この言葉は、本多静六が自著『私の財産告白』(実業之日本社、初版1950年)で語ったものである。本多は貧しい農家に生まれ、一度は落第しながら苦学して東京帝国大学教授・日本初の林学博士となり、そのうえ「月給四分の一天引き貯金」を四十年以上も貫いて巨万の富を築いた人物である。自らを天才ではなく「凡人」と任じ、才能ではなく努力と習慣の積み重ねで人生を切りひらいてきた本多が、その八十余年の実践から確信をもって書き残したのがこの一句であり、抽象的な励ましではなく、実際に凡人が結果を出し続けた記録の裏づけを持つ言葉である。