この名言の意味

この三行の要は、「もらう」でも「返す」でもなく、「貯金しておく」という動詞が選ばれていることにある。やさしさをめぐる言葉はふつう、与える側の話になるか(人にやさしくしなさい)、返す側の話になるか(恩を忘れるな)のどちらかに寄る。トヨはその手前に、受け取ったものを自分の内側にしまう、という第三の動作を置いた。しまうのだから、その場で消費しない。消費しないから、あとで使える。やさしさを一回きりのやりとりではなく、残高のあるものとして扱っている。

「貯金」というたとえが効くのは、それが利子で増えるからではなく、必要なときに引き出せるからである。詩はこのあと、さびしくなったときにこの貯金を引き出して元気になる、と続く。つまりこれは、心細さや落ち込みが必ずやってくることを前提にした備えの話だ。落ち込まない方法ではなく、落ち込んだときに取り出すものをあらかじめ用意しておく方法である。悲観を否定せずに、悲観のあとの手順を用意しているところに、この詩の強さがある。

そしてこの動作は、相手の同意も、こちらの立場も要らない。誰かに親切にしてもらうかどうかは自分では決められないが、してもらったことに気づいて心にしまうかどうかは、完全に自分の裁量である。つまり「貯金」は、受け取る側にできる数少ない能動的な技術になっている。同じ一日を過ごしても、入金する人としない人では、半年後の残高がまるで違う。

最後に忘れがたいのは、この呼びかけが、九十歳を過ぎてから詩を書きはじめた人の口から出ていることだ。詩の末尾でトヨは、読者にも同じ積み立てを今から始めるよう勧め、「年金よりいいわよ」と背中を押す。九十代で新しいことを始めた人の「今から」なので、この言葉には言い逃れの余地がない。何歳であれ、心の口座はいつでも開設できるし、入金は今日の分から始められる——そう言われているように読める。

現代への示唆

やさしさは、受け取った瞬間がいちばん濃く、そのまま放っておくとその日のうちに薄れてしまう。トヨがしていたのは、薄れる前に心の口座へ入れておく、という単純な作業だった。だから今日、寝る前に一分だけ時間をとって、その日に誰かからしてもらったことを一つだけ思い出し、短くメモしてほしい。「先輩が資料の場所を教えてくれた」「コンビニの人が傘の袋を出してくれた」——それくらいの小ささでいい。大きな恩でなくていいのは、貯金だからである。少額でも、入金の回数が残高をつくる。心細くなった夜に、そのメモが引き出せる残高になっている。

背景と出典

この三行は、栃木県栃木市に生まれた詩人・柴田トヨ(1911-2013)の詩「貯金」の書き出しで、第一詩集『くじけないで』(飛鳥新社、2010年3月刊)に収められている。トヨが詩を書きはじめたのは九十歳を過ぎてからだった。腰を痛めて長年の趣味だった日本舞踊を続けられなくなり、気落ちしていた。それを見かねた長男の健一が「詩を書いてみたら」と勧めたのがきっかけである。九十二歳のとき、産経新聞の投稿欄「朝の詩」に初めて作品が掲載された(選者は詩人の新川和江)。夫と死別したあと宇都宮の家で一人暮らしを続けながら書きためた作品は、二〇〇九年の自費出版を経て、九十八歳で刊行された『くじけないで』にまとまり、詩集としては異例の百五十万部を超えて読まれ、韓国・台湾・オランダ・ドイツなど海外でも翻訳された。「貯金」はその一編で、ほぼ百年を生きた人が、自分の心の使い方を家計のたとえで語った作品である。