この名言の意味

この言葉のポイントは、「創造」と「記憶」という一見結びつきにくい二つの言葉を、黒澤が同じものとして言い切っている点にある。一般に創造という行為は、何もないところから全く新しいものを生み出す特別な才能のように語られがちだが、黒澤はそれを明確に否定し、「無から創造できるはずがない」と言い切る。創造とは、日々の経験や読書によって記憶の中に蓄積されたものが、何かのきっかけで結びつき、新しい形をとって現れる現象にすぎない、というのがこの言葉の核心である。

この考え方は、黒澤自身が生涯実践してきた創作のスタイルとも一致する。黒澤は読書家として知られ、ドストエフスキーやシェイクスピア、日本の時代小説など幅広いジャンルの作品を映画化・翻案しており、自らの脚本づくりにおいても、過去に読んだ本や見聞きした出来事を素材として引用・再構成する手法を多用した。「記憶が足がかりになる」という言葉は、単なる比喩ではなく、黒澤自身の創作方法そのものを説明した実感のこもった一節として読むことができる。

現代への示唆

「何もないところから傑作を生み出す天才」というイメージで語られがちな黒澤が、実際には創造を記憶と経験の積み重ねの産物だと言い切っている点に注目したい。アイデアが浮かばないとき、私たちはつい「才能がないから」と考えがちだが、黒澤の言葉はその原因を「土台となる経験や読書がまだ足りていないだけ」と捉え直させてくれる。今日、気になったニュースや会話、本の一節を一つだけメモに残してみる。その小さな記憶の蓄積が、いつか何かを生み出す足がかりになる。

背景と出典

1993年8月1日、日本映画監督協会が創立50周年を記念して製作したドキュメンタリーシリーズ「わが映画人生」の一本として収録された、黒澤明と映画監督・大島渚(『愛のコリーダ』などで知られる)との対談での発言。この対談の記録映像は国立映画アーカイブに保存されている。大島が「今の若い人たちはあまり本を読まなくなった」という趣旨の話を向けたのに対し、黒澤が創造とは何かについて答えた一節であり、経験や読書の蓄積なしに新しいものは生まれないという、脚本家としても第一線で活躍し続けた黒澤自身の創作観を端的に語ったものである。