この名言の意味

まず確かめておきたいのは、この「上を向いて」が比喩ではないということだ。前向きになろう、という心構えの話ではなく、顔の角度を上げるという物理的な動作を指している。続く「涙がこぼれないように」も同じく物理である。目にたまった涙は、うつむけば落ちる。顔を上げていれば、しばらくのあいだは落ちない。つまりこの二行は、感情に対する説教ではなく、涙をこぼさないための実際的な手順として筋が通っている。そこが、よくある励ましの言葉と決定的に違う。

次に、文末が「歩こう」であることに注目したい。「歩け」という命令ではなく、「歩こう」という誘いの形になっている。自分に言い聞かせる独り言としても読めるし、隣にいる誰かへの呼びかけとしても読める。どちらに読んでも、上から指示されている感じがしない。人は、悲しい時ほど命令されることに耐えられない。この語尾の選び方だけで、言葉が読む人の側に立つ。

そして、この二行は泣くことを一度も禁じていない。「涙がこぼれないように」という条件節は、涙がすでにそこにあることを認めてはじめて成り立つ。だからこれは強がりの歌ではないし、悲しみを克服した人の報告でもない。悲しみを抱えたまま歩く人の、姿勢の話だ。泣いてはいけないと言われると人は追い詰められるが、泣いてもいいがこぼれないように上を向こう、と言われると、少しだけ体を動かせる。

最後に、言葉づかいそのものについて。ここには難しい語が一つもない。永六輔は、日常の話し言葉のままで歌詞を書いて成功した最初の書き手だと評される。漢語で気取らず、文語にも寄りかからず、誰もが口にしている言い方だけで書く。だからこそ、子どもにも高齢者にも、そして訳されて海を渡った先の人にも、そのまま届いた。書いた本人は敗北感を記録したつもりだったのに、平易な言葉で書かれていたせいで、その記録は誰の一日にも入り込める形になってしまった。作者の意図を超えて言葉が働くとき、そこには必ず、この種の平易さがある。

現代への示唆

落ち込んだ日にいちばん効かないのは、「元気を出せ」と言われることだ。気持ちは命令では動かない。この二行が長く歌い継がれてきたのは、気持ちではなく姿勢——体の向きという、意志でいますぐ変えられる部分だけを指定しているからだと思う。悲しみは抱えたままでいい。ただ顔を上げる。今日、嫌なことがあって足元を見ながら歩いている自分に気づいたら、そこで一度だけ、視線を向かいの建物の上の階か、空まで上げてみてほしい。三秒で足りる。それで涙が止まるわけでも、問題が解けるわけでもない。けれど視界に入るものが変われば、頭のなかでぐるぐる回っていた独り言が一瞬だけ途切れる。その途切れが、次の一歩を出すための隙間になる。気分が上向いてから顔を上げるのではなく、顔を上げてから気分を待つ。順番は、こちらから決めていい。

背景と出典

この二行は、放送作家・作詞家の永六輔(1933-2016)が詞を書き、中村八大が曲をつけた歌「上を向いて歩こう」の冒頭である。初演は1961年7月21日、東京・大手町の産経ホールで開かれた『第3回中村八大リサイタル』で、歌ったのは当時十九歳の坂本九だった。同年10月15日にシングルが発売され、永自身が作・構成を手がけたNHKの音楽番組『夢であいましょう』の「今月のうた」として流れたことで全国に広まる。1963年6月15日付の米ビルボードHot 100では「SUKIYAKI」という題で週間1位となり、三週連続で首位を守った。日本語で歌われたまま全米1位になった曲は、今もこの一曲だけである。ただし永は後年、この詞を励ましのつもりで書いたのではないと繰り返し語ったと伝えられている。1960年の安保闘争のデモに加わり、これで世の中が変わると信じ、そうはならなかった帰り道の敗北感を書いたのだ、と。これは励ましの歌ではなく、泣き虫が歌う歌なのだという趣旨を語ったとも伝えられている(新聞コラムなど複数の伝聞系統で一致するが、発言そのものの逐語は確認できていないため、ここでは一字一句の引用としては掲げない)。つまりこの二行は、うまくいった人が下を向いている人に贈った励ましではなく、うまくいかなかった本人が自分に向けて書いた言葉だった。それが結果として、六十年以上にわたって世界中の他人の背中を支えることになった。