この名言の意味
この一節の主役は、じつは「本能ではない」という否定のほうにある。私たちはふだん、やさしさを人柄や気質の問題として扱っている。あの人はやさしい、自分は冷たい、と生まれつきの区分けで語ってしまう。司馬はその前提を外した。いたわりも、他人の痛みを感じることも、やさしさも、根は同じで、しかもその根は本能ではない——つまり放っておいて自然に育つものではない、と言っている。
この否定は、一見きびしいが、読む側にとってはむしろ救いである。もし本能なら、持って生まれなかった人は一生やさしくなれないことになる。訓練で身につくものだと言われた瞬間に、話は才能の問題から練習の問題に変わる。今日やさしくできなかったのは人格の欠陥ではなく、単に回数が足りていないだけだ、という理解に立てる。責めるかわりに、次の一回をどうするかを考えればよくなる。
そして司馬は、訓練の中身を驚くほど具体的に書いた。友達が転ぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを自分の中につくる。これだけである。ここで注意したいのは、「感じなさい」ではなく「つくりあげなさい」と言っている点だ。共感は湧いてくるのを待つものだと私たちは思い込んでいるが、司馬の言い方では、共感はこちらから組み立てにいくものになる。相手の立場を一度だけ想像してみる、その小さな作業の反復が訓練の正体だということになる。
もう一つ効いているのが「そのつど」という語である。まとめて習得できる資格でも、一度身につけば消えない習慣でもなく、そのつど、その場で、あらためてつくる。だからこの訓練には失敗がない。今朝できなかったとしても、昼にもう一度つくればよいだけで、進度も記録も要らない。子ども向けに書かれたこの一節が大人に効くのは、忙しさや疲れで人にやさしくできなくなった日に、「明日から性格を入れ替えろ」ではなく「次の一回をつくれ」とだけ言ってくれるからである。
現代への示唆
やさしさを性格の問題だと思っている限り、余裕のない日は「今日の自分はダメだ」で終わってしまう。司馬の言い方に従えば、それは筋力が落ちているだけで、人格の欠陥ではない。だから今日、試してほしいことが一つある。誰かに苛立った瞬間——返信が遅い相手、要領を得ない説明、雑に見える仕事——に、評価を下すより先に「この人は今、何かでしんどいのかもしれない」と一度だけ思ってみることだ。相手を許す必要も、好きになる必要もない。ただ一度そう思うだけでいい。それが司馬のいう「そのつど自分の中でつくりあげる」作業であり、一日一回で十分に訓練になる。感情が湧くのを待つのをやめて、こちらから先につくりにいく。やさしい人とは、そうやって毎日ひそかに練習している人のことである。
背景と出典
これは、司馬遼太郎(1923-1996)が1989年に小学校の国語教科書のために書き下ろした随筆「二十一世紀に生きる君たちへ」の一節である。大阪書籍の『小学国語 六年下』に載り、五年生向けに書かれた「洪庵のたいまつ」と対をなす。歴史小説を書き続けた司馬が子どものために文章を書いたのはこれが初めてで、本人は「一編の小説を書くより苦労した」と語っている。六十代半ばのことである。文章は「私は、歴史小説を書いてきた」という一文から始まり、やがて、もし「未来」という街角で君たちを呼びとめられたらどんなにいいだろう、だがその街角に私はもういない、と述べる。会うことのない読者に宛てた手紙として書かれているのである。文章は後半で「助け合う」という話題に移り、その気持ちのもとにあるのが「いたわり」という感情であること、それは本能ではないから訓練して身につけねばならないこと、そして訓練とは友達が転んだときに「痛かったろうな」と感じる気持ちをそのつど自分の中でつくることだ、という順序で語られる。なお、この段落は教科書版と『十六の話』(中央公論社、1993年)所収版とで文末表現などに細かな差が見られ、引用のされ方にもゆれがあるため、ここでは一字一句の引用としてではなく、司馬が述べた趣旨として掲げている。書いたのは、学徒出陣で戦車隊に入り、栃木県佐野で二十二歳の敗戦を迎えた人である。人がたやすく残酷になれることを知っている人物が、やさしさを気質ではなく訓練の産物として書いた——そこにこの一節の重みがある。