この名言の意味
「うまくあってはいけない」「きれいであってはならない」「ここちよくあってはならない」——岡本太郎が掲げたこの三つの否定は、それぞれ当時の日本の美術界が大切にしていた価値基準への正面からの挑戦でした。「うまさ」とは技術の巧拙、「きれいさ」とは整った調和、「ここちよさ」とは見る者を不快にさせない配慮。岡本は、この三つを満たすことを目指した時点で、芸術はすでに「死んでいる」と考えました。
では岡本は何を芸術の条件としたのか。著書の中で彼が手がかりとして挙げたのが「いやったらしさ」という感覚です。これは単なる嫌悪ではなく、「否応なしに、ぐんぐんと迫って、こちらを圧倒してくるようなもの」を指します。パブロ・ピカソの《アヴィニョンの娘たち》の歪んだ顔や、古代エジプトのツタンカーメンの黄金の仮面に岡本が見出したのは、まさにこの種の、見る者を立ち止まらせずにいられない強烈な存在感でした。「うまい」「きれい」「ここちよい」を退けたこの主張は、戦後日本の美術に、技巧よりも生命力を、調和よりも衝突を重んじる新しい価値観をもたらしました。
現代への示唆
「うまい」「きれい」「ここちよい」は、いずれも他人の評価を気にした基準です。岡本のこの言葉は、その三つの基準だけを満たすものは、見る者の記憶に残らないと突きつけます。仕事の資料でも、企画でも、文章でも、私たちは無難に「うまく」まとめることを優先しがちです。しかし本当に人を動かすものは、多少粗くても、見る者の予定調和を崩す強さを持っています。次に何かをつくるとき、「これは誰にも嫌われない出来か」ではなく「これは誰かの心を動かすか」を自分に問うてみることです。
背景と出典
1954年8月5日、光文社から刊行された岡本太郎の著書『今日の芸術—時代を創造するものは誰か』の冒頭近くで掲げられた、芸術の根本条件を定義する一文。同書は刊行直後からベストセラーとなり、戦後日本の美術観に大きな影響を与え続けている。岡本太郎記念館の公式X(旧Twitter)アカウントも、刊行から70年を迎えた2024年8月5日に、この一文を同書の刊行日とともに直接引用して紹介した。同書で岡本は、「うまさ」「きれいさ」「ここちよさ」という従来の美の基準を退け、見る者を否応なく圧倒し、ときに不快感さえ呼び起こす「いやったらしさ」にこそ真の芸術性が宿ると論じ、その例としてパブロ・ピカソの《アヴィニョンの娘たち》や古代エジプトのツタンカーメンの仮面を挙げている。