この名言の意味

「動機善なりや、私心なかりしか」——稲盛和夫が自らの経営と人生を通じて貫いた倫理的自問です。事業を起こす際、新しいプロジェクトを判断する際、あるいは人材を登用する際にも、稲盛はこの問いを出発点として立ち戻りました。「動機が善でなければ、どれだけ素晴らしい計画であってもうまくいかない」——これが彼の経験から導かれた確信でした。

この言葉が示す倫理は、一見すると宗教的・道徳的に聞こえます。しかし稲盛はこれを実用的な経営判断の「フィルター」として使っていました。DDI(現KDDI)創業の決断をする前、「消費者のためになるか、社会のためになるか」という問いに答えが出るまで何度も自問したと述べています。その問いに耐えうる動機を持てたからこそ、困難を乗り越えて事業を軌道に乗せることができたと稲盛は語っています。

現代への示唆

意思決定の場面で「これは損か得か」「評判がよくなるか」を先に考えてしまうのは自然なことだ。しかし稲盛はそれより先に「動機が善か、私心はないか」を問えと教える。動機がプラスなら多少の困難も乗り越えられる。逆に、表面上は立派に見えても動機が私欲から来ていれば、やがて歪みが顔を出す。このシンプルな問いを「最初の一手」にするだけで、後悔のない判断に近づく。

背景と出典

稲盛和夫が事業の意思決定に際して自らに課した問いかけの言葉。著書『生き方』(サンマーク出版、2004年)および稲盛和夫オフィシャルサイト(京セラ公式)に記録されている。1984年に第二電電(DDI、現・KDDI)を設立する際、「新電電は世のためになるのか、それとも自分の名誉欲や利益のためだけなのか」と徹底的に自問した末に経営判断を下したエピソードで広く知られる。稲盛は「善意の動機から始まった事業は困難をも乗り越えられるが、私欲から始まった事業は必ず歪みが生じる」と生涯にわたって説き続けた。