この名言の意味

わずか三十一文字の中に、これほど強い祈りと決意を込めた歌は多くない。「まがつびよ」——災いをもたらす神に向かって、湯川はまっすぐに呼びかける。「ふたたびここに くるなかれ」。人類が初めて核兵器の惨禍を経験した広島の地に立って詠まれたこの歌は、過去への哀悼であると同時に、未来への強い意志の表明でもある。

結びの「平和をいのる 人のみぞここは」に注目したい。ここに住むのは平和を祈る人々だけだ、と湯川は言い切る。これは単なる願望ではなく、「この場所を、そういう場所にしていくのだ」という、今を生きる者への静かな呼びかけでもある。祈りは過去に向けられながら、その視線は確かに未来と、いまを生きる私たちに注がれている。

「見えない粒子」を数式で予言した理論物理学者が、平和への願いを託した器は、難解な理論ではなく、古来の和歌という最も素朴な言葉だった。世界の理(ことわり)を数式で解き明かした人が、最後に人の心へまっすぐ届けようとしたのが、この一首だったという事実に、湯川の切実さがにじんでいる。

現代への示唆

平和は遠い世界の出来事ではなく、「二度と繰り返さない」という願いを日々の選択に変えていく営みだ。湯川は理論物理の頂点に立ちながら、祈りを言葉に刻み、宣言への署名や会議の開催という行動に変えた。私たちも今日、身近な対立や無関心を前にして、断てる悪意を断ち、誰かの痛みに耳を傾ける小さな一歩を選べる。祈りを行動に変えること——それが、この三十一文字が私たちに手渡す今日の宿題である。

背景と出典

この歌は、広島平和記念公園の南、平和大通り緑地帯(広島国際会議場前)に立つ平和の像「若葉」の台座に刻まれている。像は広島南ロータリークラブの創立10周年を記念して1966(昭和41)年5月9日に建立され、彫刻家・圓鍔勝三が制作した、小鹿を見上げる少女の像である。台座の短歌は湯川秀樹自身の作。湯川は日本初のノーベル物理学賞受賞者でありながら、1954年のアメリカの水爆実験に衝撃を受け、以後パグウォッシュ会議の開催などを通じて核兵器と戦争の廃絶を生涯訴え続けた。歌の「まがつび」は「禍つ日の神」の略で、災害・凶事をもたらす神を意味する古語である。出典は広島平和記念資料館の資料「平和の像『若葉』(湯川秀樹歌碑)」。